第029回:差別のこと

 一昨年のことだが、アメリカ、ニュージャージー州、ニューワークの空港で行列に並んでいた事があった。確か検疫の行列だったが、白人のアメリカ人が圧倒的に多かったので国内線だったのではないかと思う。結構長い行列だった。すると僕の後ろから白人女性がやってきてすっと僕の前に割り込んだ。最近アメリカに住んでいない関係で、一瞬驚いたが何も言わなかった。すると僕の後ろに立っていた男が「こういうことをする人もいるんだ。しかし割り込んだ時は何か言わなきゃ」と言うようなことを言う。しかし聞こえてか聞こえずか、前の女性は全く知らんぷり。シャクだが彼女は1番何も言いそうにない人のところに割りこんだのだ。つまりアジア系の人間は、特に日本人はおとなしいと言うことをマークし、そしてまさにそこに割り込んできたと言うことだ。そんな事が許されていいのか。人種差別とまでは言わないけれど人を見て態度を変える同根の行為だと思う。

しかし最近のアメリカはどうした事だろう(コロナの死亡率もそうだが)黒人の生命があまりに軽く扱われている様だ。ミネソタ州ミネアポリスで最近起きた事件では黒人ジョージ ・フロイドは首を白人警官の膝で圧迫され窒息死した。黒人差別に対する抗議はトランプ政権下では全く手に負えない状態になりつつある。さらに驚くべきことには黒人が都市部に多いイギリスやフランスにもデモは飛び火し、racist人種差別者として戦時中の首相だったウインストン・チャーチルの像を破壊しようとする動きまで出ている。

実は、僕がロサンゼルスの大学に入った1963年も人種差別に対する怒りが盛り上がった時だった。奴隷解放宣言から100年、1963年8月、ケネディ大統領が提案した公民権法の成立を求めた大行進には20万人が参加し、リンカーン記念堂前で、マーティン・ルーター・キング師はかの有名な「私には夢がある」という演説を行った。

I have a dream that one day this nation will rise up and live out the true meaning of its creed: We hold these truths to be self-evident that all men are created equal.

私には夢がある。いつの日か、この国が立ち上がり建国の信条の本当の意味-つまり「我々は、すべての人間は平等なものとして創造されたということを自明の真理として確認する」(合衆国独立宣言の一節)-という言葉が具現された社会に生きるようになるという夢だ。

I have a dream that my four little children will one day live in a nation where they will not be judged by the color of their skin but by the content of their character.

私には夢がある。いつの日か、私の4人の幼子達が、肌の色ではなく人格で評価される国に住むようになることだ。

I have a dream today!

今日、私には夢があるのだ。

黒人に対する差別があまりにもひどいと言うことで若者を中心に公民権運動は大きな盛り上がりを見せた頃だった。これより少し前アラバマ州モントゴメリーで白人にバスの席を譲らなかったローザ・パークスが逮捕されたことに端を発するボイコットは1955年から1956年末まで続き、平行した訴訟では、同市のバスの人種隔離を違憲とする最高裁判決が下された。

僕は長距離バスに乗ってアメリカの南部を旅したことがあったが、Deep South、まさに深い南部の例えばルイジアナ、ミシシッピー、アラバマのあたりはバス停のトイレは白人と黒人では全く別だった。そうなると日本人は白人では無いのだからどのトイレに行かなければならないのか、嫌な思い出だ。当時よく言われていたSeparate, but equal (別だけれど全く同じ)、それは嘘だ。黒人のトイレは明らかに白人のそれと違って小さく暗く汚かった。

バスの中でも前のほうに乗る権利は白人にしかない時代が長かった。黒人はバスの後ろに乗ることを強いられていた。僕もバスのどこに座ったら良いのか迷ったが、差別を恐れてあえて前には座らなかった。当事者の黒人の場合とても嫌な事だったろうと想像するに難くない。

1963年当時フォークシンガー(今やノーベル賞受賞者!)のボブ・ディランはBlowing in the Wind (風に吹かれて)という歌の中で、「答えは風に吹かれているのだ」と歌った。(部分的に引用)

How many roads must a man walk downBefore you call him a man?

How many seas must a white dove sail

Before she sleeps in the sand?

Yes, and how many times must the cannonballs fly

Before they’re forever banned?

The answer, my friend, is blowing in the wind

The answer is blowing in the wind

Yes, and how many years can a mountain exist

Before it is washed to the sea?

Yes, and how many years can some people exist

Before they’re allowed to be free

Yes, and how many times can a man turn his head

And pretend that he just doesn’t see?

The answer, my friend, is blowing in the wind

The answer is blowing in the wind

人ととして認めてもらうまでに男はどれほどの道筋を歩いていかなければならないのか、

砂浜で眠るまでに、白い鳩はいくつの海を渡らなければいけないのか

永遠に廃止されるまでに

砲弾はどれほど飛びかわなけれはならないのか、

友よ、その答えは風に吹かれているのだ

そう、答えは風に吹かれている、

浸食されるまでに山はどれほどの時を超えて存在し続けられるのだろうか、

自由を許されるまでに

ある人々(黒人)はどれほどの時間を必要とするのだろうか、

そして人はいつまで後ろを向き、見て見なかったフリをするのだろうか、

友よ、その答えは風に吹かれている、

友よ、その答えは風に吹かれているのだ。

そう、答えは風に吹かれている

いつまで黒人が差別されるのか、と言う問いかけ、「答えは風の中に聞こえている」とうたったが、

ボブ・ディランが問いかけた1963年からジョージ・フロイドが警官に殺害された今年まで57年。公民権運動の結果、差別撤廃されたと思っていたが、またもやこのようなことが起きるとアメリカの人種差別がいかに根深いものがということがわかる。残念ながら答えはまだ聞こえて来ないようだ。