第28回:田辺農園の事

 田辺農園の事では驚いた。ローソンでバナナを買う人がいたらきっと1度は買ったことがあるのではないだろうか。バナナの袋を見ると詳しく書いてあるが、原産国はエクアドル、化学肥料不使用、そしてここが肝心な事だが「エクアドルで日本人が作った田辺農園バナナ」と印刷してある。その後さらに「品質、農法、土地、気候と4つのこだわりで作った田辺さんの自信作、深い甘さとほのかな酸味が特徴です」と書いてある。いや、驚いた。実はこのバナナの農場こそ今から25年前、ラジオジャパン(僕が英語アナウンサーとして勤務していたNHKの海外放送)の60周年記念特別番組のために取材に行かせてもらった南米エクアドルの農園なのだ。

その時出版された月報の英語版を僕はまだ大事に保存している。Summer 1995年。

第1面には英語でRadio Japan Newsと書いてある。見出しは当然のことながら The Radio Japan 60th Anniversary Symposium 、会場の写真には「新時代を迎えた国際放送」とある。BBC World Service, Voice of Russia, China Radio International そしてRadio Japanの国際放送の局長あるいは局長クラスの人たちが国際放送の未来について語っているシンポジウムで司会は最近あまりテレビなどでは見かけないが作家の山根一真となっている。内容はと言えば当時の局長達の結論は「これからの国際放送はもうプロパガンダではない」と言うことの様だ。いずれにせよプロパガンダが主たる存在理由だった短波ラジオの時代はこの辺が終わりだったのではなかろうか。勿論ラジオ国際放送は続いているが、短波では無くてインターネット放送がメインであり、さらに今や主体はテレビ国際放送にとって変わられている。

ところで何と最後のページには囲み記事があり、僕の写真が載っている。英語の記事はどうやら僕が書いたものらしいのだけれど25年前の事で定かでない。見出しには A Trip to Ecuador — Distant But Worth It 「エクアドルへ、遠いが価値ある旅」とあって、その後に僕のコメントが載っている。英語から訳すと「なぜ僕がエクアドルに行くことになったのか良くわからなかった。20年前にラジオジャパンに採用されて以来英語で放送してきたこの僕がなぜスペイン語圏のエクアドルへ行くことになったのか。しかし、フロリダ経由で行ったエクアドルは決して近い国ではなかったが、結果的に十分に価値ある旅だった。まず過去のどの記念番組とも違う番組が作れたと言うこと、そして僕個人がラジオジャパンの放送を聞いている日本から移住した人たちがいかに日本からの放送を楽しみにしているかがよくわかった事だった。

1995年 The Radio Japan 60th Anniversary Symposiumより

そして話がバナナに戻るが、その時取材したのが田辺さん一家で、その時跡取りの田辺さんが僕を連れて行ってくれたのが田辺農園だった。当時も日本に輸出しているとは聞いたけれどまさかエクアドルの田辺農園などと堂々と書いた袋入りのバナナが日本のコンビニに現れるとは夢にも思わなかった。一寸先は闇というが、一寸先に明るい未来が待っていることもたまにはあるのだということを痛感した。

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