第3回:英語アナウンサー

 英語アナウンサーは何をするのか。NHKの日本語のアナウンサーと違って、英語アナウンスの仕事はこれはと言った研修はなかった。勿論オーディションで入ってきた、自分も含めてたった3人の為に研修も無理だったのかもしれないが、残念ながら何のシステムがあったわけでもなく、後から思うと職場の先輩諸氏はこの仕事を何やら噺家とか職人のそれと同じに捉えているのではないかと思える節があった。

「練習」はまずオンエアーのニュースを聞くことから始まった。自分の席でラジオのモニターで聞くこともあったが事前に断っておいてスタジオに出向いて聞くこともあった。ニュースの長さは概ね十分くらい、よくぴったりと時間内に収まるものだと感心して聞いていたのを覚えている。聞くばかりでは面白くもないし、なかなか身につかないので、ニュースを聞いた後は同じ様な原稿をもらい、自分の席で大きな声を出して読むと言う練習は続いた。次に周辺にいる先輩アナウンサーに声をかけて聞いてもらい、コメントをもらう。当たり前だが、皆んな一人一人違っていて、コメントは様々だったが、細かいところは発音から解釈まで多岐に渡った。全く参考にもならない「元気がないな」の様なものもあれば非常に参考になるものもあった。一通り聞いてもらったらまた自分の席に戻って、また大きな声を出して読む。毎日かなり手持ち無沙汰な日が続いた。

声を出す前に、下読みは肝心なことで、よほど優れた人か、慣れた人でないと初見で読むわけにはいかない。どうしても原稿に手を入れたり発音の書き込みをしたりして準備をしないととても読めたものではない。僕は音声学は大学で取ったのだけれど発音記号で書いた単語がそのまま発音できたわけではない。しかし不思議なもので、しばらくやっているうちに発音記号も読めるようにはなった。しかし、先輩諸氏がやっていることをよく見ているとカタカナで書き込んでいる人もいた。そして場合によってはそのほうが間違いがないこともあった。発音の関係では辞書がある事はある。英和大辞典には発音が載っているし、ウェブスターなどの英語の辞典にもちろん発音は表記されているが、国際発音記号とは少し違う発音記号が載っている。国際発音記号よりこちらの方が余程難しい。さらにニュースともなると普通の辞書に載っている以上の単語の発音が必要になる。

原稿は通し番号が打ってあって、その日出稿された原稿がところどころの机の上に山のように積んであった。当時のニュース原稿はまだサイズもB5だったように記憶している。今の様なコピー機も無かったし、仮にあったとしても英語の放送だけではなく各国語の放送用にかなりの量が必要だったのでいちいちコピーするわけにはいかない。英語の謄写版の様なものを使ってタイプライターで打ち出した原稿を大量に印刷していた。最終的には放送用に綺麗な原稿ができあがるのだけれど、それ以前に臨時ニュースなどの時は、タイプライターに紙を5、6枚セットしてその間にカーボンペーパーを入れ、上の方からタイプすると最後のページはだいぶボケてくるけれども5枚のコピーが取れた。これはしかし読み手泣かせの原稿だった。

そういえば、国際局報道部には職員ではなかったと思うが、タイピストと言う職種があって、日勤でおそらく10人ぐらいがその任に当たっていた。全員若い女性だった。もうタイピストなんて言う仕事は無い。コンピューターの時代にタイピストの仕事があるわけがない。1日の1番忙しい時間に10人のタイプタイピストが昔のマニュアルタイプライターを打つものすごい音が部屋一面に響いていたのを記憶する。大変景気の良い音ではあった。スタンダードのタイプライターの名前は今でも覚えている。レミングトンとかアンダーウッドとか。すでに原始的な電動タイプライターはあったのだけれど、職場ではマニュアルのタイプライターが基本だった。

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