第4回:英語ニュースを読む

 イギリス英語か、アメリカ英語かという問題は日本が英語圏の国ならば発音統一も可能かと思うが、そもそも日本は英語国ではないので、一体どこの英語を標準にするのかは結構厄介な問題だ。僕が入局した頃の英語アナウンスグループは日本人が主体で誰も英語を母国語としてはいなかったので、いろいろな発音が聞こえた。当時のリーダーは水庭進アナウンサーであり、また彼が目をつぶっていればイギリス人かと思うようにきれいなイギリス英語の読み手だったので、それが最高の目標とされた。しかし、本当にこれぞイギリス英語と言えるほどの読み手はほんの数人であり、それ以外は全体の仕上がりはなんとなくイギリス英語に近いが、一言で言えば高級なジャパニーズイングリッシュとでも言えるような読み手が主体だった。

僕はもちろんアメリカに13年住んでいたので泣いても笑ってもアメリカ英語だった。誰も英語を変えろといったものはいなかったし、水庭さんは優しい人で「良い英語は良い英語だ」などと言っては下さったが、もう少し何とかならないか、などと思っていたのではないかと思う。水庭さん自身は内心カナダの英語が日本からの放送には適していると思っていたのではないかと思えるふしがある。この辺はまた別の機会に。僕個人に関してはアメリカに長くはいたけどより良い発音を目指したかったし、別にアメリカ西部や南部の訛りが特別好きだったわけでもないので、最終的には水庭さんの理想に少しは近づけたのではないかと自負している。

ニュースの読み手として仕事を始めた最初のうちは、原稿をもらうと辞書と首っ引きで固有名詞だけではなくすべての単語の発音を一語一語調べた。思い込みというのは恐ろしいもので、こう思っていたものが実は違うと言う事が結構あった。最初のうちはそういう間違いを1つずつ潰していくと言う作業が毎日のように続いた。しかし1本1本の英語のニュースは基本的にはそう長いものではない。1ページざっと1分ぐらいで読めた事を覚えている。その様なニュースを10本くらい束ねたのが大体一回のニュースだった。

今はもうほとんどテレビ放送に切り替わりラジオの放送はほとんどなくなってしまったが、当時はまだ短波放送の最盛期だった。まず1日24時間日本語と交互に放送されるゼネラルサービスと言うものがあり、そのための英語ニュースが12回、それと世界の各地域、例えばアメリカ向け、オーストラリア向け、英国向けと言った特定の地域向けのリージョナルサービスが各方面に1日1回、30分位放送されていた。いずれにせよニュースはどの送信でも冒頭でざっと10分位だった。

放送がはじまるちょっと前までオルゴールの子守唄が聞こえた。唄の合間に英語と日本語でこの放送が日本からの短波放送であることを予告するアナウンスが聞こえる。まず日本語で「こちらはラジオ日本。NHKの国際放送です」そして次に英語は「This is Radio Japan, the overseas service of NHK in Tokyo.」と聞こえてくる。アナウンスの声は川田政 甫と言う素晴らしいアナウンサーのバリトーンの声だった。水庭進さんは正確無比だったが、川田さんの声には何とも言えない艶があって皆が誇りに思う日本の声だった。しかしもう2人ともこの世にいない。

そしてまだはっきり覚えているが、放送が始まる1分前から曲目はオーケストラが奏でる「桜」に切り替わり、クレッシェンドとともに音楽か終わると、いよいよニュースが始まった。ニュースを予告する言葉は、「It is now 00 hours GMT, 00 hours Japan Time.  Here is the news. First, the headlines.」

僕と同じ時に入った3人はほぼ同じ頃にオンエアしたわけだが、3人共最初は相当緊張した。何はともあれニュースは長くても短くてもいけない。結構な回数下読みをして時間を計っていたのでそれほど大きな間違いはなかったけれど、やはり一番恥ずかしかったのは 、ニュースが少なすぎて最後に時間が残ってしまったときとか逆にニュースが多すぎて時間内に収まらなかったりしたことだった。最初のうちは、ニュースの中身もさることながら、この時間調整が結構難しい仕事だった。これは大体逆算して最後のヘッドラインが何分、その前の最後のニュースが何分かかるか、ページの頭に書いておいて、時間になったらヘッドラインに入ると言った「技術」のような慣れのようなやり方が、はじめはなかなか難しかった。

もう一つ当時を思い出すが、最後に臨時ニュースなどが入ってくると新米にはお手上げであった。そして意地が悪い編集者はそういうニュースを隠し持っていて、最後にスタジオに駆け込んできたりすることもあった。

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