第059回:三保元さんの事

 つい最近国際放送の先輩から電話があって三保元(みほ もと)さんが昨年の11月に亡くなっていたことを知った。

僕は1971年の入局直後、彼女がまだ国際局の仏語班にいた頃、退職を目前に控えた三保さんとほんの少しの時間を共有しただけだが、眼鏡の奥の目が笑っている優しい小柄のおばあさんといった感じの人だった。

実は11月の半ばと言うのは奇しくも英語班の大先輩、森川淑子さんが亡くなったのとほぼ同じ時である。驚いた。

享年88歳。森川さんは89歳だったからほとんど同い年と言うことになる。森川さんはクリスチャンサイエンスの信者で、三保さんはカトリックの信者だったので、流派はだいぶ違うが、きっと2人は奇遇を喜び、天国で談笑している事だろう。

しかし、またもや1人、英語班の先輩ではないけれど、国際放送局の先輩がいなくなった。寂しい限りだ。

以前三保さんは翻訳者として有名だと言う話を聞いたことがあるので全く泥縄だけれど、亡くなられたと言う話を聞いた後でインターネット上に何か情報が載っていないかと思って検索したところ、なんとウィキペディアにも出版物のブログにも彼女の名前が載っていることがわかった。僕が知らなかっただけでその筋では有名な人だったらしい。

ウィキペディアによると三保さんは、日本のフランス文学者で元国際基督教大学教授。 兵庫県神戸市生まれ。1957年パリ、カトリック大学文学部卒業、日本放送協会国際局に勤務。74年退職、国際基督教大学準教授、教授、74年退職、とある。

また彼女はたくさんの本を翻訳していることもわかった。サルトル、ロベールギラン、レビィストロースなどなど、およそ我々が知っているフランスのそうそうたる知識人の名前が並んでいる。

•サルトル『否認の思想 ’68年5月のフランスと8月のチェコ』共訳 人文書院、1969
•E.W.フィッツェンマイヤー『シベリアのマンモス サンガ・イウラッフおよびベレゾフカ川畔 のマンモス発見』法政大学出版局、1971
•X.レオン=デュフール『イエスの復活とその福音』新教出版社 真生シリーズ、1974
•ロベール・ギラン『ゾルゲの時代』中央公論社、1980
•ジャン・デ・カール『狂王ルートヴィヒ 夢の王国の黄昏』中央公論社、1983 のち文庫
•ジャン・デ・カール『麗しの皇妃エリザベト オーストリア帝国の黄昏』中央公論社、1984  のち文庫
•クロード・レヴィ=ストロース『はるかなる視線』みすず書房、1986-88
•ピエール・ルルーシュ『新世界無秩序』監訳 日本放送出版協会、1994
•フランシーヌ・エライユ『貴族たち、官僚たち 日本古代史断章』平凡社フランス・ジャポノ ロジー叢書、1997
•『レーモン・アロン回想録』みすず書房、1999
•ジャック・クーネン=ウッター『トクヴィル』白水社文庫クセジュ、2000
•ヘンリ・J.M.ナウウェン『差し伸べられる手 真の祈りへの三つの段階』女子パウロ会、2002
•『愛 マザー・テレサ 日本人へのメッセージ』女子パウロ会、2003年

入りたての頃、日比谷図書館の図書館長のインタビューしたことがあるが、日本語のインタビューだったのでその方の代読を誰に頼もうかと思っていた時、少し前に入局したときに紹介してもらった三保さんの雰囲気が似ていると思ったので無理を承知で代読をお願いしたことがある。英語班の仲間はなぜそんなことをするのかと思っていたらしいし、確かにさすがの三保さんも英語の発音はフランス語ほどに素晴らしくはなかったが、とにかく良い思い出だ。当時の上司が半ば冗談で「ゆっくり読んでくれたお陰で中身がない分が引き伸ばせて良かったね」と言った。褒められたんだか、貶されたんだか。

しかし三保さんは何も言わなかった。にこやかなお顔しか思い出せない。

ご冥福を祈る。

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