第19回:放送事故の事

アナウンサーだったらおそらく始末書というものを書いた事があるはずだ、始末書をある程度書いた人でないと立派なアナウンサーではないとか、始末書を沢山書いた年には昇進するとか言う人もいるけれど、始末書など書かないに方が良いに決まっている。

国際放送の場合、決まった時間にニュースを始めないとオルゴールが鳴り始める、これをチンチロと言っていたと思うが、オルゴールの音が聞こえると言う事はニュースを読む人がそこにいないと言うことで、これは完全な事故である。

約束事で少なくともニュースの時間の倍の時間、つまり10分ニュースなら20分、15分ニュースなら30分前に下読みデスクに行く事になっているし、ニュースの時間が近くなると仮に担当者が気がつかなくても誰かが下読みに行く、まれに誰も気がつかないという事があるが、それでもニュースを編集するデスクがいるのでそのような「純粋」な事故はあり得ないことだ。

では、実際なぜ間に合わない様な事が起きるのだろう。1つには下読みに夢中になっていると気が付かないと言うことがある。下読み中は原稿を編集した人が横にいて、その人が責任を持って最後に一声かけてくれ、ときには先導してスタジオに行ってくれる。

ただし編集者と言えども、本当に忙しくなってもう1本入ってくる原稿がなかなか来ないといったことが起きると、それに夢中で、アナウンサーがどこにいるのかしっかり見てはいない、というかデスクそのものがそれどころでは、無い状態となりうる。

しかし、原稿が全部あろうとなかろうと、アナウンサーは何はともあれ、例えば正時に始まる放送ならば、少なくともニュースの時間になったらスタジオのマイクの前に座って待っていなければならない。心臓にはかなり悪い場面だ。例えば、ヘッドラインとして3項目ぐらい紹介するニュースの1本がまだ手に入っていない時、下見もしていない状態でスタジオに入る事を考えてみてほしい。気が気ではない。

まぁ、英語のニュースになる前には日本語のニュースが出ているので(つまりNHKの国際放送の場合あらゆるニュースが日本語から英語に翻訳されるので)NHKの日本語ニュースを見ていれば大体内容はわかる。そしてときには下書きとして書いてある原稿もあるからそれを見ていれば概ねどういう内容か分かるし、固有名詞などもわかる。しかし、それほど準備ができない場合もある。その場合は何はともあれ代わりのニュースを入れておいてもらうと助かる。しかし、そんなに気がつくデスクばかりではない。

僕自身そういう事は余りなかったけれど、最初に読み上げた3つヘッドラインの1つが結局原稿に入っていないと言うことがあると困る。どう処理したらいいのか。アイテムがないのは、ないので、知らんぷりして読んでいくしかないだろう。もしかしたらニュースの終わりの方で間に合ってそのニュースを、特別に、レギュラーニュースでは無く速報としてThis News, just inと放送することもあり得る。自慢ではないが、僕は生放送、一発勝負に強いというか、下読みを何度もしてもあまり成果はなくて、むしろ初見で読む方が緊張感もあり、目もパッチリ開いていて良い結果になる時も多い人なので、他の人ほど気にしてはいなかったけれど、かといって特に素晴らしいニュース読みであった訳でもない。

スタジオに入った途端に何かにつまずいて手の中に抱えていた原稿を全部床に落としてしまう、そして慌てて整えようとするがなかなかできない。実際そういうことがあったこともある。スタジオに入ったとき敷居でつまずいて原稿を床の上に落としてしまった時、担当のデスクと2人で大わらわでかき集め、これはヘッドライン、これはトップと渡してもらった原稿を順番に読んで行ったことが少なくとも1回はあった。

これはまさに悪夢だと思う。

悪夢と言えば現役の頃は放送事故関連で色々夢を見た。原稿を落とすだけではなく、スタジオに入ったけれど原稿を持っていなかったとか。大きな古い建物の中を(昔通った小学校とか、古い大きな家の廊下に似ている)必死になってスタジオを探して歩くとか、もらった原稿を読もうと思ってよく見るとなんと日本語であったり、日本語の原稿を一生懸命翻訳しながら読む夢。この原稿がときには日本語の新聞だったり、時には文字の細かい英語の新聞だったりすることもある。いずれにせよ、ほとんど読めないような原稿を一生懸命読もうとするのはものすごい苦痛で、まさに悪夢だ。

現役時代にはよく見た悪夢だが最近見なくなった。苦痛であったが、いざ見なくなると何と無く寂しいものだ。

(1876文字)

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